牧師先生の出身地アラバマ州
HSKの歴史
教会が始まってからはじめの数ヶ月間、少人数のクリスチャン達が浜松駅の南部にあるファウラー家に集まって集会をもっていました。 家庭集会をしばらくもった後、市街地で教会のための建物を借り、そこで1年半くらいの期間 集会をもちました。
その後、小さな事務所用ビルへ移動し、8年間 集会をもちました。当時の礼拝堂がとても小さかったため、日曜学校は建物の廊下や車の中で行われました。
そして建物に人が入りきらなくなったため、現在HSKがある2階建てのきれいに改装された倉庫へ教会は移動しました。
それから12年間、現在までその建物で礼拝が行われています。 この建物の1階には体育館、2階には教会の礼拝堂やキッチンや、洗面所、などがあります。
教会が始まったばかりのころ、ベンが4人の子供を腕に抱きながら賛美を導き、ルースがピアノを弾いていましたが、彼女が唯一の楽器奏者でした。
時々、賛美の時間にピリピリとした雰囲気が流れていました! 毎週日曜日は、思い出に残るような出来事がいつも起こっていました。ただ英語を勉強するためや、金髪の子供たちを見るためだけに、時々教会にくるビジターがいたからです!しかし、それらのビジターがクリスチャンになり、教会に奉仕したいという願いを持ちはじめ、何人ものメンバーが賛美リーダー、楽器奏者、日曜学校の先生となりました。教会が始まって以来、ずっとメンバーでいるクリスチャンの方も何人かいます。 
現在教会のある建物は教会活動をするのに素晴らしい環境ですが、教会のメンバーが持っているビジョンは、教会に集まる人々が増え、さらに大きい建物へ移動する事です。 教会が始まったばかりのころ、浜松付近にある川で水の洗礼式を行っていましたが、過去8年間は 駐車場に置かれている洗礼槽で洗礼式を行っています。 
